自己紹介


脱ギャンブルプログラムの登録はこちらから。

もちろん無料。

→ 【ギャンブル脱出110番 】




今日の名言はこちらから

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ギャンブル依存症へ
今日もギャンブルをしない!決意表明

2016/05/14

 

元ギャンブル依存症の103と申します。

簡単に自己紹介します。

 

 

ギャンブルをやる前の自分

新潟生まれの新潟育ち。
高校は商業高校。

中学校とは違い、
地元が全くない高校。

様々な地域から
集まってくるから
それが新鮮で高校3年の夏までは
本当に楽しかった。

部活に入らなかったから
週3でバイト。

それ以外は、いつも決まった
仲間と夜中まで遊ぶ毎日。

当時、野島伸司の「未成年」
「未成年」が大ヒット。

友情とか仲間の絆とかに
かなり影響を受けた。

思い出を記録にしたいから
どこに遊びに行っても
写真を撮りまくった。

今はほとんど見かけないが
当時、よくコンビニで売っていた
使い捨てカメラ。

あれを常に持ち歩いた。

毎日、仲間と過ごす時間が
楽しすぎるくらい楽しすぎた。

 

 

パチンコと出会う

自分でいうのも変だが
けっこう真面目な性格だと思う。

お年玉は全部貯金した。
バイト代も毎月半分は貯金して
半分は服買ったり飯代にした。

いきなり自分の過去を話すが、
少5の頃、親父が一時的にいなくなった。

母親1人の稼ぎで自分と
4歳年下と7歳下の弟、
兄弟3人を支えた。

自分は長男だったから
「親を支えなきゃ!」という責任感があった。

少学校から帰ってくると、
パン屋に行き耳パンを
もらいに行ったりした。

たまに、少し古くなった菓子パンを
もらえるときがあった。

今でもあの喜びを忘れない。

話は脱線したが、
少5のときの貧乏が教訓となり
お金を貯める習慣がついたのだと思う。

そんな自分が
パチンコを覚えたのは高校3年の夏。

ある友人が部活中に骨折したので
仲間3人で病院へ見舞いに行った。

その帰りに、仲間Tが
「パチンコってやったことある?」
と聞いてきた。

自分ともう1人の仲間はやったことが
なかったから普通に「ない」と答えた。

仲間Tが「ゲーセンみたいなんだけど
当たるとお金が出てくる」と言ったので、
少し興味がわいた。

そしてノリで人生初めてのパチンコ屋へ。

「パチンコ=ギャンブル」という
感覚は全くなし。
確か1,000円くらいなくなった。

「やり方よくわからないし
ゲーセンのコインゲームの方が
もう少し楽しめたでしょ?」
と心の中で思った。

ビギナーズラックはなかった。

 

 

パチンコ<バイト?

「あんな短時間で1,000円も失うって・・・」
後々考えたら悔しくなった。

約1時間半もバイトした分が
一瞬で消えちゃうなんて。。。

「もうパチンコはいかなくていい!
俺はバイトでコツコツ貯金がいいな〜」
とその時は思った。

 

 

勝てているやつに憧れる

ちなみにバイトはピザ屋のデリバリー。
ピークを過ぎると結構ヒマで
バイト中にバイト仲間と話す時間があった。

この頃、バイト仲間も
パチンコをやり始めていた。
「先週1,000円で30,000円勝った!」
とか
「昨日1時間で50,000円勝った!」
など、そんな話ばかり。

「俺の1ヶ月のバイト分を
一瞬で稼げちゃうの?
この前は、知らない仲間同士で
パチンコ屋にいったからダメだったのか?
うまいやつと行けば勝てるのかな〜」
と思ってきた。

2度とやらないと思っていた自分だったが
「もう一度、挑戦してみようかな〜」
と揺らいだ。

バイト仲間からは
「パチンコ必勝本の情報で台選びをしたら
勝てるよ!」聞き、ちょっと興奮してきた。

「この前の1,000円を取り返してやる!」
と再挑戦の決意を固めた。

 

 

パチンコ!再挑戦!そして・・・

前回は何をやったかわからなかったが
今回はCR機に挑戦!

CR花のもぐら組p0131_1
パチンコ必勝本で勉強した。

早速パッキーカードを3,000円分購入。
なんと2,000円で確変を引く!

右打ちをしないと玉が出てこないタイプ。
店員を呼んでわかった。

「確変」という言葉すらわからなかった。
確変というものについては
勉強していなかった。

この台はやめて他の台で残りの
1,000円分をやろうとした。

そうしたら、先ほどの店員さんが来て
「すぐに当たると思うのであの台で
やった方がいいですよ」
と教えてくれた。

パンクをした直後だったので
少々疑ったが、店員さんのいうことを信じてみた。

店員さんのいう通りすぐに当たった。
あっという間に1箱出た。

もう一度、店員さんを呼んで
「またすぐ当たる?」と聞いた。
「単発なのですぐには当たらないと思います」
とのこと。

すぐ一箱を流してレシートをカウンターへ。

そうしたら、何かよくわからない
プラスチックのプレートのようなものをもらった。

「え〜何これ?あれだけ玉出してプレート1枚??」

どうしていいのかわからず帰宅。

そのことをすぐに仲間に言ったら
そのプレートを交換してくれる
ところがあってそこでお金が
もらえると知った。

急いでチャリンコをこぎ
息を切らしながら
パチンコ屋の換金所に行った。

無事5,000円を握りしめた。
この前の負け分1,000円を取り戻せた・・・
感無量!

ついにギャンブル地獄の入り口に足を踏み入れてしまった。

 

 

日々パチンコ屋に並ぶ仲間

それからというもの
パチンコが打ちたくて
打ちたくて仕方がない状態になった。

毎朝、高校の仲間4・5人で
メーリーゴーランドという羽根を
打ちに行った。

ちなみにメリーゴーランドという台は
朝一電源を入れたときに
当たりやすい状態になっている。

そして一回当たれば当たりやすい状態が継続。
もし当たらなければそこでゲームオーバー。
即やめた方がいい台になる。

このメーリーゴーランドを
狙っているのは自分たちだけではない。

だから、自分たちは8時くらいから
パチンコ屋の前に並ぶ。

そして開店の合図、軍艦マーチとともにダッシュ!
専門学校生や髪がボサボサしている
おじさんたちとヨーイどん!

こんな毎日が始まってしまった。

高校生活、最後の思い出づくりは
どこへいってしまったのか?

いつも授業は5限から参加。
そして高校卒業を迎えた。

 

 

1,000万円の借金

卒業後もパチンコ通いは続いた。

ちなみに卒業後、就職した。

就職する気もなかったが
一社も面接を受けずに
卒業させるというのは
商業高校のメンツがつぶれるらしい。

ということで半ば強引に面接を受ける。

面接に行ったら、
「毎年、商業高校さんにはいい人材を
紹介してもらって助かっています」
という挨拶から始まりいきなり工場見学。

「休憩はここでとってもらいます」
「ここの作業場で働いてもらいます」
という仕事内容の説明。

「それでは4月からよろしくお願いします。
期待していますよ!」
と言われ、面接という名の研修で終わった。

就職と同時に彼女ができた。
9ヶ月で結婚。
この時、19歳。

20歳で子どもが生まれる。
この時、パチンコは
あまり行かなくなった。

結婚して実家も増築して
返済も増えたのでなおさら
パチンコ屋から遠のいた。

この時、
家族を支えている感があって
自分自身の中で充実していた。
ところが、様々なことがきっかけで
1年で別居。

この時、21歳。
若さもあった。

そして2年後に離婚。
若さということで片付けたい。

子どもは前の奥さんが引き取る。
自分に残されたのは
増築分の1,000万円の借金と
毎月の養育費。

そして、孤独感も残された。
結婚しているときは
充実感を感じていた分、
その後のギャップが半端なかった。

家族自体失った孤独感を忘れるために
パチンコに再び熱を入れるようになった。

高校時代の仲間Oに連絡して
毎日、パチンコをするようになった。

仲間Oは自分にとってギャンブルの師匠。
パチンコや競馬を教えてくれた。

土日は仲間O一緒に競馬場に行き
馬券を買ってからパチンコ屋に
行くというサイクル。

守るべきものがなくなったので
4年勤めた会社を退職。

 

 

さらにギャンブル地獄の深みへ

仕事を辞めた後は
平日は朝からパチンコ。
土日は競馬とパチンコ。

当然、あっという間にお金が溶けた。

退職金も一瞬で使い果たし
クレジットカードで借金も始めた。
一気に100万円の限度額まで到達。

そのことに親が気づき
借金を肩代わりしてもらう。

「さすがにこのままではやばいな〜」
と感じ職探し。

求人誌を見たら
「月収80万円以上も可能!」と
書いてある会社があった。
教育業界の営業である。

胡散臭いとは思ったが、
幼馴染が最近、教育業界の
営業会社に就職したというのを
親から聞いた。

早速、幼馴染に電話したら
「仕事はきついけど稼げている人は
月100万円以上稼いでいる」と。

「自分も今月は40万円は稼げるかな〜」
と幼馴染が言うので、信憑性が高いと思い、
早速、面接申し込んだ。

面接を受けて即採用が決まった。

就職してから2年間、
ゴールデンウィークとお盆と正月以外休みがなかった。

朝11時出社で会社を出るのは夜の12時。
それから飲みに行くのが定番。

だからパチンコ・競馬をする暇もない。
そういう意味ではいい環境だった。

しかし、この環境に耐えられなくなってきた。
「お金よりも時間が欲しい!」
「休みたい!」
という気持ちが強くなる。

そして、普段のフラストレーションが溜まり退職!

貯金意識は全くなかったが
辞めるときには口座に
300万円が貯まってた。

束縛から解き放たれた自分は
前にも増してパチンコと競馬をやりまくった。

300万円あった口座は
2カ月で残金100万円になった。

この頃は4号機全盛。
北斗の拳と吉村に狂った。

p2982_1

imgres

この2機種で200万円が吸い取られた。

そしてまた振り出しに戻る。

「このままじゃダメになる・・・」
また、そう思い無計画のまま自分で商売を始める。
商売をするのに特に「志」があるわけでもない。

借金をすることで必死で仕事に打ち込む。
そしてパチンコ競馬を忘れられる・・・
との浅はかな考えだけ。

そんな「志」で事業融資を受けた。
教育業界の時の仲間を呼んでスタート。

最初の数ヶ月は資金繰りが苦しかったけど
なんとか1年間を乗り越え2年間乗り越え・・・
とやっているうちに順調にお金が増えていった。

しかし、「志」がなくスタートしたものだから
商売がうまくいったらいったで不安になる。

「もし、この先売上が下がったら・・・」
「今の主力従業員がみんなやめたら・・・」
「お客がクレームを起こして裁判になったら・・・」

こんなことばかり考えるようになり、
3年目くらいで自信がなくなってきた。

そして、悪い癖が出てしまった。
「この不安な気持ちから逃れたい」
「ギャンブルで経済的な安心感を得たい」
ということ2点でギャンブルを再開してしまった。

真剣にギャンブルで売上を作ろうと考えていた。
この頃、数年前の自分と違い金銭感覚が違う。

月間の売上げが700万円。
この金額を見ているから麻痺していた。
その感覚でギャンブルを再開したから最悪。

パチンコじゃ時間がかかりすぎるのでやらなかった。
競馬だといくらでもお金がかけれるので競馬に絞った。

1回のレースで10〜50万円勝つように掛け金をアップ。

当然、手持ちの個人のお金だけじゃ
足りなくなり会社のお金も借りるようになる。

土日の中央競馬まで
我慢できず、平日から
南関東の競馬にも手を出す。

従業員の目を盗んで
仕事をやってるふりして
競馬・競馬の毎日。

その後の詳細は割愛するが
当然のごとく本業に身が入らず
徐々に業績が悪化。

結局、数年後に会社を閉めることを決断。
そして事業の借金やリース代を
整理するために弁護士に相談。

保証人はすべて自分なので
会社の借金の整理=自分の借金の整理
ということになる。

「破産だけは避けたい」
と思ったが、
弁護士から
「破産も個人再生も基本的には一緒、
破産したほうがいいと思う」
とアドバイスをいただく。

そして破産の道を決断。
「すべて自分の財産を整理してください」
ということで積立式の生命保険の解約。

その戻ってきた積立金をある口座へ振り込んでもらう。
そのある口座が競馬のインターネット投票の口座。
これで、弁護士にギャンブルをしていたことがわかった。

弁護士から
「ギャンブルをしているのは知らなかったから
破産をすすめたけど知った以上は破産はすすめられない」
と言われる。

「どちらにしてもギャンブルを
していた証拠が通帳に記載されているので
裁判所にわかってしまう」
とのこと。

したがって
「破産したくても破産できない」
という状態。

これによって自分に残された道は
個人再生しかなくなった。

 

 

破産できない

破産から個人再生へ変更。
破産じゃないので借金は
「0」にならないが大幅に圧縮。
約10分1になった。

自分にとっては
「個人再生でよかったな〜」
と思った。

破産も個人再生も内容は
変わらないというが
やっぱり聞こえも違うし、
わずかでも債権者に返済するのだから
気持ちが違う。

今も返済を続けているが
「もう2度とこのような迷惑はかけない」
と振り返りにもなっている。

あと、この弁護士にお願いしてよかったと思う。
最初は無愛想で話しにくい人だな〜
と感じた。

でも、ギャンブルで借金を整理した人に
ついて話してくれたことには感謝している。

「今まで借金整理をしてきたけど
ギャンブルが理由で借金整理する人間は、
必ずと言っていいほどギャンブルに戻ってしまう」
とのこと。
「まともに再出発できた人間はほぼいない」
とも言われた。

自分は負けず嫌いな一面があるので
「自分は絶対にやめます!
ギャンブルをやめて個人再生の分は
ちゃんと返済してまともになった
姿を見せに来ます」
と弁護士に宣言した。

そして弁護士は
「あんたはこれからの人生の方が
長いんだからどうやり直していくか?
よく考えなさい」
と言われた。

今振り返ると
あの弁護士との出会いが
きっかけでギャンブルを断つと
コミットできた。

18歳からギャンブルを覚えてから
適当に生きてきた自分。

そんな自分が真剣にこれからの
人生を考えるようになった。

そしてパチンコと同じくらいの期間
付き合ってきたタバコ。

このタイミングで禁煙し
ギャンブルとタバコを同時にやめることができた。

 

 

ギャンブルやめた!と思ったら・・・

まずは就活。

今までの経験を生かすためには
教育業界しかないということで
教育業界の営業職へ。

即採用となった。

しかし!
入社してみたら
社員の80%以上が
毎日パチンコ。
土日は競馬。

90%以上が喫煙者・・・
社内は煙でモクモク。

ギャンブル依存症+禁煙中
の自分にとっては
かなり過酷な状況。

「とんでもない環境の会社に
就職してしまった」
と内心思った。

朝晩、今まで読んだこともない
自己啓発本(思考は現実化する)を
読んで自分自身の気持ちを高めた。

 

「とにかく、この環境に流されないで
自分の人生を生きていくんだ!」
と強い覚悟で毎日出社した。

自己啓発本の甲斐もあってか
なんとかギャンブルに
スリップすることもなく
禁煙も続けられた。

 

 

この環境でなぜ脱ギャンブル成功?

再就職が決まった2ヶ月後、
なんと韓国へ社員旅行。

「ラッキー」と思ったのもつかの間
カジノがコースに組み込まれている〜

「自分は絶対にやめます!」と
弁護士に宣言してから数ヶ月。

ギャンブルをやっていた自分は
若干、不安になった。

なぜなら今まで辞めると言って
何度も挫折し、ズルズルと
やり続けてきたからだ。

だから、絶対やらないと決断した自分に
どこか自信がない・・・

「越えなきゃならない試練だ・・・」
と思いながら、いざカジノへ。

結果、大丈夫だった。
「ギャンブルしたい!」
という気持ちにすらならなかった。

めちゃくちゃ嬉しかった。

ギャンブルに狂っていた頃の自分は
なんでも賭け事にしないとやる気が
出ない、というくらいた。

例えばみんなでボウリングに行っても
つまらない。
お金を賭けないと。

そんな自分が、カジノという
ギャンブルミュージアムに行っても
「ギャンブルしたい!」
という気持ちにならなかった
というのはなぜか?

「ギャンブルしたい!」
という気持ちにならなかった
理由を自己分析してみた。

原因は2つ。

1つ目は
今までのギャンブル仲間と
関係を断ち切った。
ということ。

今までのギャンブル仲間とは
ほぼ連絡を取るのをやめた。
だから、刺激も受けないし
ギャンブルの情報も入ってこない。

これはオススメ。

2つ目は
「ギャンブルをやめる!」
ということよりも
「ギャンブル以外に夢中に
なれることを探す!」
ということ。

自分の場合、本屋へ行き
興味のありそうな本を探した。

興味のあったのは副業系の本。

数冊買って読破した結果、
パソコンがないと話にならない!
パソコンがいじれないと話にならない!
ということ。

パソコンだけは一番避けて通りたい
道だったけど・・・

しょうがない!
思い切ってパソコンを購入。

ワードやエクセルも
「できない・わからない」レベル。

「今まで失った人生をやり直す!」
と思いで必死に勉強。

「ギャンブル以外でこんな真剣に
物事に取り組んだことはないな・・・」
と思った。

それと同時に気づいたことは・・・
「お金が減らない安心感」と
「自己成長した充実感」

ギャンブルをやっていた頃は
財布に3万円入っていても
全然安心できない。

いつ失うかわからないから。

今では財布に数千円入っていればいいし
下手すれば入ってなくてもいい。
という感じ。

あとは「昨日できなかったことが、
今日できるようになる喜び」

この喜びはギャンブルをしているときには
体験できなかった。

小5の時の貧乏時代、
パン屋さんで耳パンをもらって
さらに菓子パンをもっらたあの喜び。

本当の喜びというのは
ギャンブルで当たった時じゃなくて
こういうことなんだよな〜
と気付けるようになってきた。

徐々にではあるが、
15年間忘れていた喜びや
感謝の気持ちを思い出せる
ようになってきた。

だから、韓国のカジノで
「ギャンブルしたい!」
という気持ちにならなかったのだと思う。

 

 

ギャンブルで何が得られた?

ギャンブルをやめて何が得られたか?
先ほども言った通り
・お金が減らない安心感
・自己成長した充実感

2016年の現在では
ギャンブルをやめて5年以上が経った。

今思うことは
100%とは言い切れないが99.9%
もうギャンブルにはまることはない。
ということ。

なぜなら、世の中には
ギャンブルなんかより
楽しいことがたくさんある
ことに気づけたから。

自分の場合、それに気づけず
15年という貴重な時間を無駄にしてきた。

だから、その失った時間を埋めようと
一生懸命生きてきた。

5年間で15年分を取り戻すのは
そう簡単にはいかないと思う。

しかし最近思うのは、
このギャンブル依存を経験をしたからこそ
自分にしかできないことがある。
ということ。

ギャンブル依存を経験したことによって
ここまで読んでくれている
あなたの気持ちが分かる・・・
100%じゃなくても。

「どうやってギャンブルをやめれたのか?」
経験談も含めこのようにシェアできる。

経験者だからこそ直接相談にも乗ることができる。

必要とするなら具体的なアドバイスもできる。
経験者だからこそ、
自分にしかできないことがあるんだな〜と。

ギャンブルに狂っていた
15年を取り戻すことよりも
ギャンブル依存で苦しんでいる人の
ためになる。

そんな存在価値のある人間を
目指したいと思うようになってきた。

 

 

 
2011年3月から脱ギャンブル継続



“ブログ村”

-自己紹介